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「ぼちぼち訪問看護~回想録~その⑪ ひいおばあちゃんのこと」
こんにちは 看護部門・副管理者の大塚です。
~私が訪問看護の世界に飛び込んで、かれこれ20年。「昔もあって、今も変わらないもの」「今までも、これからも大切にしたいもの」そんな日々の想いを、ぼちぼちお届けいたします~
モクレン(木蓮)の花が咲いているのを見かけると、ひいおばあちゃんのことを思い出します。
私が子どもの頃、祖祖母も一緒に暮らしていました。
実家の離れに住んでいて、その離れの前の植え込みにモクレンの木があり、春になると紫色の花を咲かせていました。
祖祖母はもう90才近かったので、身の回りの手伝いが必要で祖母(実娘)が世話をしていました。
物忘れや思い違いも頻繁にあったように思います。
食事をしたことを忘れる、お風呂の中で寝てしまう等は珍しいことではありませんでした。
ある日、みぞれ雪が降る中いなくなってしまい、ずいぶん探したことがありました。
また別の日には祖母に様子を見に行くように言われ、私が離れをのぞくと転んでいたこともありました。
それから祖祖母は、だんだん自分のことができなくなり、排泄や着替え、食事の手伝いが必要になり、歩けなくなり、ついに寝たきりになりました。
祖母は記憶があいまいになり、自分でできていた事が出来なくなっていきましたが、怒るでもなく、悲しむでもなく、実娘に自身の身の回りの世話をゆだねて、毎日を淡々と過ごしていました。
私はたいしたことはできませんでしたが、私がする事も祖祖母は静かに受け入れてくれていました。
いよいよ飲んだり食べたりできなくなり、往診医が点滴に来てくださるようになりました。
真夜中だったと思います。眠っていた私は母に起こされ祖祖母の離れへ行きました。
皆、黙って見守っていました。
―大きなため息のような呼吸を数回―
主治医の先生、家族・親戚が見守る中、祖祖母は自宅にて人生を終えました。
祖祖母は、「人が老いて人生を終えてゆく姿」を私に残していってくれました。
それは、今でも私の訪問看護師としての根っこの一部分であると思っています。
人が老いて人生を終えていく最期の過程は、今までの自分自身、身の回りの人々との関係、今まで出来ていた事や今出来る事を、少しずつ失っていく過程でもあると思います。
そうして、誰かに介護を受けねばならなくなった時、「どこで最期を迎え、誰にゆだねるのか」希望通りとはいかないまでも、選べる時代になりました。
自宅か、施設か、病院か。
自宅なら、ご家族・肉親、訪問診療の医師、ケアマネジャーさん、ヘルパーさん、移動入浴・デイサービス・デイケア・シュートステイなどのスタッフ、訪問リハビリスタッフ、そして訪問看護師。
利用者さんが人生を終えていかれる過程で、ご自分の事をゆだねる相手のひとりとして、選んでいただける訪問看護師でありたいと思っています。